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クリスチャンの遺産

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クリスチャンの遺産
36年間の人生を振り返ってみると、神から遠く離れていた20年間の放蕩息子時代の経験が、私のクリスチャンとしての遺産だったのです...

私は思いやりある優しいクリスチャンの母に育てられ、教会と日曜学校と神のことばを純真に受け入れ大切にしていました。いつも小さな小羊を肩に背負った羊飼いであるイエスを思い浮かべ、恐ろしさが襲ったときには、父である神が私を守ってくださるように祈りました。7歳の時、エペワ・:10−18を母と一緒に読んだ後、“神のすべての武具をつけ”たいと、決意して床に膝をついて祈りました。

7年生(中学1年)も終わりに近づく頃、私は自分自身を“偽善者”と決めつけ、教会に行くのをやめました。高校も卒業に近づく頃には、堂々と“不可知論者”(神性の認識を不可狽ニ唱える)を唱え霊的なものから完全に遠のきました。 ジョージタウンのビジネススクールを卒業すると、不可知論者を保持すること自体が偽善であると確信し、今度は“無神論者”に転向したのです。その後、バークレイ大学の司法科を卒業、今度は自分自身の知識ブランドから唯物論、自然主義(ナチュラリズム)、相対性理論と倫理を“無神論”に関連して実践しました。

いったい何が起きたのか?...


熱心な祈りから(母の洞察力から)、私がなぜ神から堕落したのか、その三つの重要な原因を挙げてみます:

若者の疑問に対するクリスチャンの応答
(中学1年と2年)

知識を得るために私はキリスト教、また“人生の意義”を含めた一般的すべての疑問を探求しました。証拠を求めるために質問しても、私のクリスチャン家族は“信仰をもちなさい”という原理を用いるのみでした。

進化論と自然主義(ナチュラリズム)に関する信頼性ある応答の欠如
(高校時代と科学)


公立高校時代“近代科学の発見”に心を奪われた私は科学が“真理”であると思い込み、今まで提示された世界的クリスチャンの概念は“愚か”で“夢想”のなにものでもなく神の必要性を全く感じなくなりました。

大学に於ける非宗教的世界観の促進
(哲学のクラスと周囲の圧力)

必要課目であった改革的神学と哲学を学ぶため、私はカトリック系の大学に席を置きました。そしてキリスト教にはその証拠がないとして、自分自身で唯物論と倫理相対論という“宗教”を作り上げました。

今私は放蕩(神に逆らった)したこと自体に焦点をおいているのではありません。キリスト教の定義は、私たちが“危機”を乗越えたときに、神からまったく完璧な答えと証拠が提示されます。他の人々に神の働きの証拠を示し、疑問に答える場合も同じ事がいえます。これは他の人々に奉仕したいという神が私に下さった情熱です。私の放蕩息子(神に逆らった)の経験は他の人々に分かち、そして与えることができる私のクリスチャンとしての遺産です。 www.AllAboutTheJourney.org/japanese


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